2010年3月30日

メンタル不全が増えてきたのは1990年代の後からですね。いわゆるアメリカの操作的診断基準のDSMが導入され、トフラニールのような旧来の抗うつ薬からパキシルのようなSSRIが普及してからですね。それまで、私たちは病院の臨床で、職場のストレスと無関係に出てくるのが内因性の「うつ病」を多く治療してきました。基本的は入院も考えて対応するように・・・といわれていました。そして、つまり精神科病院に入院治療ということで行われていました。産業メンタルヘルスの仕事の大部分はいわゆる「PSW]サイケアトリック・ソーシャル・ワークでした。その他の部分は「神経症」の患者でした。一番多いのは、いまでもそうですが「職場不適応」です。仕事や人間関係が合わないときに起こって来ます。いちおう採用試験で、いろいろとテストして採用し入社するのですが、実際に入社してからでなければこの2つはわかりません。例えば研究所に入社しても応用が企業ですから、大学院で勉強したこととは異なる、あるいは興味の無い分野を担当させられるととたんに「抑うつ」になっていしまいます。こういう人が大勢、病院の臨床ではなく「カウンセリングの場」に来ていたわけです。この人々をDSMに当てはめて見ますと「大うつ病」や「抑うつ状態」となります。やはり30年前の重症うつ病の方の割合はいまでも大きく変化していなくて0・3%くらいと思います。経済変動で雇用調整のために勤務先の変更を伴う異動である出向、応援、派遣といったときに多く見られました。DSMの操作的診断基準ばかりでなく、「うつ病」の考え方も大きく変わりました。重症の内因性の精神病としての「うつ病」から、だれでもかかる「心の風邪」となり、気分の落ち込みや興味関心の低下があれば、まず受診して服薬と休養で治そう・・・という「うつ病」の知識の啓蒙が活発に行われました。その結果。「うつ病」の患者が急増しただけでなく、休業する人も急増しました。あらゆる人々、公務員、教員、企業社員と「うつ病による休業者」は増加しています。健康管理室の医師を増員させるたびに「うつ病」の社員も増加する・・・という現象も見られました。DSMで診断するれば多くに人が、「うつ病」か「適応障害に該当する」という精神科のドクターも少なくありません。