総合心理教育研究所

佐藤隆の特別講座

SPECIAL COURSE

研究職のメンタル不全ケース

事例:メンタル不全(変調)から好調へ:森下信也さん(35歳管理職)の場合(ケースの氏名はすべて仮名です)
森下信也さんは、日本では中堅の精密機器メーカーに研究所技術者として入社しました。2006年に、頻回欠勤を繰り返し、意欲、気力の低下を訴え、産業医へ相談に訪れました。当時の主訴は、不眠状態で朝の目覚めが悪い、毎日仕事のことが頭から離れない、そしてクヨクヨと先々のことを心配する、そして自分はだめな人間であるという感じが強くなっていく、というものでした。
森下さんは、会社の診療所でうつ病と診断されます。現在2009年7月まで7回にわたる休職を繰り返しました。途中、出勤の電車の中でめまいがひどくなり、救急車で病院へ搬送されたり、会議の最中に失神で倒れるなどが続きました。
うつ病のきっかけ(誘因)は、受診の3年前に行われたM&Aでした。突然、会社が外資の投資ファンドにTOBをかけられ買収されたのです。ぬるま湯的風土に浸っていた社内は激変しました。日本人の経営陣は一掃され、アメリカ人のMBAを持った若い経営者が乗り込んできました。英語が社内の公式言語となりました。
森下さんの仕事も、研究所から輸出部へ異動となり、急に忙しくなりました。海外との交渉が必要な業務のため、超多忙な日々が続きました。輸出部勤務のため、アメリカに徹夜でメールを送るなど、金曜日と土曜日の夜はなかなか寝付けないこともありました。英語もそれほど必要になるとは思っていなかったので得意ではなく、やむを得ず英語学校に通い始めました。
しかし、過労がたたり、月曜日の朝はボーとしてしまい、たばこを1日80本以上も吸うようになっていました。会議中も、考えがまとまらない、言葉もうまく出ない、ホワイトボードにもうまく書けない、仕事の引き継ぎに部長に呼ばれても、立っていてその場で失神、意識を失うなどが起こり、某大学病院を受診したのです。
その1週間くらい前から森下信也さんは「躁状態」でした。上司の観察によれば、きわめて忙しく動き回っていましたが、仕事の成果はほとんど出ていなかったのです。現在は、7回の休職を経て、認知行動療法(*)を受け、この1年間は安定しています。
森下さんは、もともと研究職での入社でしたが、会社の収益構造の変化で、研究開発業務が減少し、思いもよらず輸出部門への配属となりました。さらにM&Aとハイパーチェンジが続きました。メンタル不調はこの頃から発生しました。
医師のすすめで薬の処方と認知行動療法を受けた森下さんは、「自分にあわない、やりがいの感じられない輸出部門への配属や、急激な変化、英語の使用、外国人の上司への配属は、しょうがないこととは思いながらも、負担でずっと仕事への充実感を感じられませんでした。変化への備え不足を痛感しています」と語っています。

*)認知行動療法:うつ病などに対する治療技法の一つ。物事を解釈したり理解する仕方のゆがみを修正する認知療法と、間違って学習された行動を学習理論に基づいて修正する行動療法を統合した精神療法。

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