「パワハラ問題の本質」をカレン・ホーナイから考察する。
労働省の『労働者の健康状況調査』によれば、どういう問題でストレスを感じるかという問いに対し、ストレスを感じている女性の約60%が「職場の人間関係」を挙げた。
そこで本稿では、職場の人間関係とストレスについて、精神分析学者カレン・ホーナイ(Karen Horney)の理論から考察してみたいと思う。
<ヒットラー婦長とプライドA子の不和>
A看護師(26)はO大学看護学部の有能なスタッフであった。しかしO病棟に配属後6ヶ月あまりして身体の不調を訴え、頻繁に欠勤するようになった。起立時に顔面が熱くなり、極端にふらつき、壁に寄りかかる正常歩行困難に加えて後頭部痛も併発した。神経内科検診、精密検査、脳CT、EEGとも結果はノーマルであった。
A子によれば、厳格で威圧的かつ自己中心的な母親に育てられ、何ひとつ自分の思うようにできない状態で成長したという。
その母親は、大学卒業後に死亡。「ホッとしました。涙は出ませんでした」と。病院では同僚、上司に慕われ、いわゆる明るいナースであった。
A子は対人関係のトラブルもなく、どちらかというと自分を抑える方であった。身体の不調を訴える6ヶ月前に配置転換があり、仕事の優秀さではピカ一のB婦長の下で働くようになった。今までは指導者が優しく親切だったのでのびのび仕事ができたが、威圧的で自己中心的、口の悪い上司に対し一歩も二歩も下がって、職場を休んでしまうようになってしまった(精神分析的には、幼児期における母親の態度への同一視とも考えらえる)。B婦長は一応親切ではあるが、本質的には独裁的であり、いわゆるヒットラー的な仕事の進め方であった。彼女は、自分の態度によって業務の効率は高くなるが、同時にスタッフのストレスも高くなることに気付いていなかった。
B婦長は部下の面倒見も良くしようと努力しているのだが、威圧的命令口調なのと、部下を自分の意のままにしたいという気持ちが強いので、職場ではB婦長が来るとまわりのスタッフも息苦しさを覚えるのであった。
A子は次第にB婦長に嫌悪感をもち、また、高度な医療サービスのためという大学卒のプライドも手伝って天安門事件の大学生たちのように、B婦長のやり方に抵抗しだした。いつしか二人の仲は険悪になり、口をきかない状態が続いた。B婦長の言動に耐えきれなくなったA子はある日、「殿中松の廊下」に及んでしまった。
<組織での問題には精神分析的理解が必要>
日本能率協会の磯貝憲一氏は「組織で発生する問題の80%は意思疎通の問題と考えて間違いない」と語っている。二人が口を聞かなくなったということは、メンタルヘルスから見ると”深層心理的”に重大な問題が生じているといっていい。
この点について、ハンブルグ生まれの精神分析医ホーナイは「人間は基本的不安を克服しようとして、そこからさまざまな神経症的な行動を発生させる」と考えている。そしてこの基本的な不安は「幼児が愛情のない敵意に満ちた環境の中に置かれることによって生まれる」と考えている。つまり自己を不安から防衛するためのさまざまな適応行動と考えた方がよいだろう。そこで、ホーナイは「自己分析」の必要性を説いている。
例えばA子について「自己分析」を試みるならば次のようになるだろう。
- 「愛されたい、承認されたいという欲求」への神経症的傾向
- 「何もかもすべて面倒をみてくれる相手が欲しい」という神経症的傾向など
B婦長について分析を試みれば
- 権力への神経症的欲求
- 人を利用し、人に勝つためには手段を選ばないという神経症的傾向
- 個人的業績への神経症的野心
などが考えられる。
人間が自分を不安から防衛するために作り出すのが「仮幻の自己」、そして内心がおののいている「現実の自己」さらには、実は不安の陰に隠れている健康な能力が発揮されることによって成長する「真実の自己」、これらをホーナイは「三つの概念」として挙げている。
A子は大卒でプライドは高いが、いつもだれかに認められたり、かわいがられていないと不安(母親依存的愛情欲求)になるタイプ
B婦長は、常に他者に対して優位を保とうとする「他者支配型」のタイプ。
これらの考察は通常では見過ごされがちであるが、実際に状況を解決していくためには重要である。
以上の傾向は健康な人ならだれもが経験するものである。ただそのために他者を悩ませ迷惑をかけるのは問題である。ホーナイは「人間は『真実の自己』に向かって目覚めていくことがメンタルヘルス上大切である」と説いている。
ストレス病になる人はもちろん、させる側の人もまた「ストレス病」に違いない。