メンタルヘルス最前線⑧ ”男のなかの男”が単身赴任で”うつ状態”に

メンタルヘルス最前線⑧ ”男のなかの男”が単身赴任で”うつ状態”に

総合心理教育研究所主宰  佐藤 隆

 

<「適応」は「不適応」を招く>

無敵を誇った帝国海軍はあまりにも卓抜した技術力の艦隊を持っていたため、逆に飛行隊を中心とした近代戦への転身が円滑にできず、それが無敵帝国海軍太平洋艦隊の敗北のひとつの理由にあげられている。

特殊な専門技術は、その領域ではエキスパートであるが、他の部分では役に立たないどころか、そのことが転進の大きな障害になってしまうことも考えられる。

九州のあるハイテク工場の商品技術開発部技術課長として辣腕をふるい会社の発展に大きく貢献したB課長は、その知識と経験をさらに大きな分野で生かしてほしいとの要請で東京本社の企画部門の部長として転勤してきた。中3の長男と中1の長女が今の学校を変わりたくないとの理由で、心の中では家族と暮らしたいという気持ちが強かったが単身赴任で上京した。

“九州男児、厨房に立たず”を旨として、良妻賢母型夫人に恵まれ、”風呂!””酒!””めし!”の生活パターンがすっかり五臓六腑までしみわたっていただけに、三つ指をついて朝夕にこやかにあいさつをする妻の笑顔を見ることもなく、明日の夢を語り合う子供達のいない日々は寂しいものであった。しかし、「男子がこれしきのことで負けてたまるか!」と腹に気合を入れて出かける一人暮らしが続いた。

新職場でも人間関係に恵まれ、仕事は順調かに見えたが、B氏の心には、どうも今ひとつ何かが欠けているような感じが広がりはじめていた。

九州工場時代と異なり、”菜っ葉服”から”背広にネクタイ”の生活も、カマボコのようにぴったり板についてくるというわけではなく、何となく心のどこかで、「お父ちゃん、なんやそれ、ハッハッハッ」と家族に冷やかされそうで気恥かしさを隠せないような気がしていた。

最も変わったのは仕事の中身であり、自分が開発したハイテク新商品のセールスが東京本社での大きな役割であった。

毎日、大型ユーザーの部課長と会い、説明、交渉を繰り返し、その後は銀座、赤坂界隈での接待も多くなった。もともと無口で内部思考型の真面目なB課長には、コンピュータを使った新商品の開発業務は適材適所であったが、対人関係を中心とした経営企画的業務は、緊張、不安、疲労の日々を多くしていた。

 

<それでも「頑張らなければ…」>

日々の夜遅くまでの接待、単身赴任の疲労、長男の進学の心配等と重なり、不眠、気分の低下、めまい、下痢、肩こり、不安、わびしさ、胃・心臓の圧迫感等があらわれ、3ヶ月目にしてB課長はダウンしてしまった。高血圧と抑うつ状態という分析結果で、医師より2週間の療養を言い渡された。

それでも頑張らなければと出社してくるB課長をみかねた上司は、九州の奥さんを呼び、しばらく実家で療養させてほしいと言って帰した。

1ヶ月後、少し元気になって上京したB課長は、メンタルヘルス相談室を訪れ「医者からもう体の方は大丈夫ですと言われた。しかし自分としてはあまりに頑張りすぎて落ち込んでしまう自分自身をこの機会に見つめたい」と希望を語った。

 

<箱庭療法で自分を見つめる>

ユング心理学の理論を背景にスイスのカルフ女史によって始められ、京都大学の河合隼雄教授によって我が国に紹介された”箱庭療法”がある。自分自身の心の中の力動関係(意識と無意識の間にはたらいているバランス)に”気づく”すぐれた心理療法技法である。

筆者がB課長にユング心理学や箱庭療法を説明し、自分の心の深層を見つめるために、一緒に箱庭を作ってみますかと問いかけたところ、B課長も是非やりたいとのことではじめた。

最初の作品は、1時間かかって必死に考えてやっと3本の杉を植えた。彼は一生懸命考えているが、ちっとも作れない。

後できいてみると、小さな自動車に大きな人形はつり合わないので、困ってしまったとのこと、子供ならばそんなことは関係なく自由に遊べるのだが、いかに心の柔軟性が低下しているかが分かる。箱庭療法の目的は心の中でいろいろ創造し、空想しながら自分の問題と向き合い、問題解決をすることであり、用意されているおもちゃは様々な大きさや形や色であり統一されたものではない。かえってその不ぞろいさが私たちの創造性を高めるのである。

B課長の場合、技術職としての長年のデジタル思考が強くなりすぎ、自由に空想して遊ぶという幼児期にだれしもがもっていた感性が失われている。継続して5回、箱庭療法を体験した最後の箱庭はいろいろ楽しそうな風景の中で元気に人間が働いているものであった。「ふっ切れましたよ」と言ったB課長の笑顔の中にはたくましさが戻ってきた。今では本社の第一線でバリバリ音をたてて活躍している。何か確かな”気づき”があったのである。

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