メンタルヘルス最前線⑤ ハイテク職場の”過換気症候群”
総合心理教育研究所主宰 佐藤 隆
キーワード
1.心身的ストレス症状
<27歳、エリート技術者のケース>
A君27歳、一流大学の大学院卒業、電子技術者である。
最先端の技術開発競争の場で、A君も第一線技術者として全知全能を傾注し、日夜仕事に励んでいた。
たくましきスポーツマンであり、美人の妻や子供に囲まれ、何不自由ない生活に見えた。
しかし、業務は多忙であった。上司も良き人格者であり、何かとエリート技術者のA君には気を配っていた。
A君のストレス解消法は、もっぱら会社が法人会員になっているフィットネスクラブで、エアロビクス、スイミングをして思いっきり汗を流すことだった。クラブから皆勤賞を授与されるほど、A君の生活は、「二十四時間働ける、イキイキエリートサラリーマンライフ」であった。
<コンピュータールームで呼吸困難になり、救急車で入院>
そんな充実した人生のある日、A君はいつもの通りコンピュータールームで同僚のB君と仕事をしていたが、突然、呼吸困難になり、その場で倒れ過呼吸状態になった。本人の必死の助けを求める声に応じてB君は、すぐ救急車を依頼し無事入院に至った。
病院での診察、検査の結果、診断名は「過換気症候群」であり、「何かの心理的なものですよ」と言われ、その日のうちに帰された。
一度パニックを体験したA君はすっかり自信を喪失し困り果ててしまった。同僚、上司も、「お医者さんが薬を与えるだけで『心理的なものですから』としか言ってくれないので、職場の健康管理上心配でしょうがない・・・」と言ってメンタルヘルス相談に訪れた。
<良き職場環境も本人の受け入れ方しだい>
A君の職場は、コンピュータールームであり、もちろん粉じん、騒音もなく静かなエアコンが適度に効いている清潔なクリーンルームである。しかし、A君その部屋にいると息苦しくなってくるのであった。その理由は分からない。上司も、今の職場に満足かと何度か心配してくれたが本人は「他に比較するととってもいい環境だから、別に今の職場がキライで異動したいわけではない。しかし、なんとなく息苦しいんですよ」と答えるのみであった。
<なぜA君は「職場で息苦しくなる」のか?>
A君に対して心理テストをやってみると、本人が「私は元気です」というのと比較して、心身的にはストレス症状がいっぱい出てきた。
その中の反応の主なものをあげてみると、
①ときどきめまいを起こす
②体が急に熱っぽくなったり、冷たくなる
③ときどき気が遠くなって倒れそうになった
④仕事をするとぐったり疲れきっていたことがあった
⑤朝は本当は起きるのがつらかったが、わざと張り切って起きていた
⑥毎日、何かしら不安だったので、余裕が生まれないようわざとめちゃくちゃに忙しくしていた
⑦イライラをコーヒーやお酒でまぎらわしていた
⑧物理的には、とても環境がいいと思っていたが、仕事ぶりを見られていたりすると緊張してとても疲れた
⑨頭の中が混乱し、業務内容を取り違えてしまうことがあった
⑩一人ぼっちでとても寂しいことがあった
などであり、はたで見ていた「元気そうなA君」とは違って、心の中はクタクタに疲れ果てていたというイメージが浮かび上がってきた。
<音楽療法で「倒れて後病む」から「倒れる前に休む」に変容!>
A君は「過換気症候群」であるため、ゆったりと静かなまどろみの時間を持つ必要があった。そのため、各種のセラピー、医師の投薬のほかに、毎日、音楽療法を実施した。しだいに症状は改善され、今は「本当のイキイキエリートサラリーマン」に生まれ変わり、業務に専念している。
会うと「倒れて後病む」ではなく「倒れる前に休む」に、心のスイッチを切り換えました・・・と一言、白い歯でニッコリほほ笑んだ。