メンタルヘルス最前線①”朝シャン”シャワー室での事件から
総合心理教育研究所主宰 佐藤 隆
キーワード
1.バーンアウト・シンドローム、2.防衛機制、3.被害妄想、4.ストレスコーピング
清潔ニッポンを代表するかのように、今や”朝シャン”は、中学生はおろか小学生にまで及んでいる。不潔、怠惰の代名詞であった男子独身寮においても”朝シャン”現象は浸透し、若手男子社員を中心に朝の”おしゃれ”はイケメンの必須事項となってきた。
アメリカ陸軍士官学校でも”朝シャン”と食後の歯磨きは必須であり、現代では、これをしなければ出勤もできないという若い諸君が増加しているのである。
某有名商社Kのエリート社員独身寮でも、立派なシャワー室を設け、社員の身だしなみに配慮していた。多忙な朝のシャワーはリフレッシュになくてはならないものであった。
しかし、ある日クサイ事件が発生した。”朝シャン”をしにシャワー室へ入ると、中央に大きなトグロをまいたモノがドーンと居座っているのであった。その後何日か、モノはシャワー室に存在した。犯人は不明。寮での貴重な公共の場に発生したこの事件は、朝シャン族にとって多大な迷惑を及ぼす結果となった。
全体の意見は”犯人をさがせ!””現行犯発見しかない”ということになり、寮の管理人が早朝の張り込みをして、ついに現場を発見した。
ウン悪く発見された”犯人”はA君(26歳)であった。しかし、下半身の生理的事件であるだけに弁護する人も多く、はては大岡裁きのごとく不問に付すことになった。
それからしばらくして、A君がカウンセリングを受けにやってきた。もちろん、脳波をはじめとする医学的検査でも異常はなかった。
A君は「分別のないことをしてしまった」と反省しきりであった。
状況を聞くと、A君は「以前は、地方の営業所でのびのびと仕事をさせてもらっていました。大変だったけども、自分の裁量の範囲が広く、働きがいを感じて過ごしてきました。その努力と業績を認められ本社に来てみると、所属部署にいるのは偉い人ばかり。50代、40代の部課長ばかりで、管理職以外の社員は少なく、何一つ自分が認められないように思いこんでしまい、相当ストレスがたまっていたのですね。それにしても本当に反省の日々です」と語るのであった。
仕事一筋にやってきたA君の形を変えたバーンアウト・シンドローム(燃え尽き症候群)であった。
<事件の背景>
今まで若手の社員が自分一人で比較的自由にかつ大きな仕事をしてきたのだから、年配者の諸先輩が多い本社の管理部門での仕事はどうしても緊張し、ワクをはめられ、不自由でおもしろみに欠け、ストレスが多いように本人は感じられるであろうことは推察がつく。
しかしながら、だからといって公共の場で迷惑行為に及んでもよいはずがない。
A君の行動は、いわゆる「ストレスへのコーピングビヘイビア(ストレス対処行動)」としては、極めて稚拙であり、人格および社会的発達が未熟であったと言うことができよう。高学歴で、専門的知識や技術に優れていても、トータルバランスとしてのバランスを欠いていればストレスは高まるのである。
<ストレス要因はわれわれ自身の中にある>
このような事例も、一見組織の風土、制度、人事労務、リーダーシップ等々に問題があるように見えるが、臨床的立場から分析していくと、結局は、個人個人の”人となり”に突き当たる。
ある1つの自傷がストレスになるかどうかは、物理的・生理的、化学的ストレスを除くと、その人の「ものの考え方」、「価値観」などによって異なってくる。まず、私たち自身の中にあるストレス因子に目を向けてみよう。
精神分析学者フロイトの「防衛機制」の中に”投映”がある。本当は、自分の上司を嫌いなのだが、それを認めることは、自分自身の心の安定を欠くことになるので、「上司が自分を嫌っている」あるいは「上司は自分を無能力なものとしてみている」というように相手に自分の心を映してしまうのである。これがもう少し深刻になると「被害妄想的」になる。
このような「心の状態」は、ストレスフルであり、ますます本人を退行現象(幼児的な状態)へ追い込んでしまう。A君の状況もこのように考えられる。
幸い本事例では、上司が朝シャン事件を叱責することもなく、”カウンセリング”を受けることを熱心に勧めてくれた。結果的には本人にとっても職場にとってもスッキリした解決に向かったのである。
多くの企業では、40代前後の社員はポイントに「メンタルヘルス研修・対策」が実施されているが、若年社員にポイントを置いた「ストレスマネジメント研修」を実施し、”ストレス免疫訓練””ストレスコーピング法”を想起に身につけさせることも将来的には重要と考える今日このごろである。